三菱マテリアル会長、日経連会長  
  永野健[ながのたけし]  
  (1923〜)  
  1923年広島県生れ。東京帝国大学第一工学部卒。三菱鉱業に入り、三菱金属社長、三菱マテリアル会長を歴任。日経連会長在任中(1991〜1995年)、1ドル=80円を切る円高に遭遇した。財界労務担当として、円高による日本の製造業の空洞化を避けるため、賃下げも辞さずという姿勢を崩さなかった。「公共料金の値上げに歯止めをかけないと、名目賃金を下げられない」と、相次いだ公共料金の値上げに業を煮やし、高速道路料金改定の公聴会に自ら出席して反対を主張したのも、また農政をヤリ玉に上げたのも、国の繁栄は製造業の基があればこそという確固たる信念からである。時には、航空会社の時給・契約制スチュワーデスの導入を巡って、当時の亀井静香運輸大臣と論争したり、規制緩和に熱心さを示さない村山内閣に毒づく大胆さは、名実ともに大物財界人であった。  
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