日窒コンツェルン創始者、日本化学工業界の先駆者  
  野口遵[のぐちしたがう]  
  (1873〜1944)  
  1873(明治6)年、旧加賀藩士野口之布の長男として石川県の金沢に生まれた。東京師範学校付属小学校入学、東京府立中学校入学、共立学舎編入学、第一高等中学校入学、そして1893(明治26)年東京帝国大学電気工学科入学、1896(明治29)年同校卒業。1906(明治39)年曾木電気株式会社創立。日窒コンツェルンは日本初の硫安・合成アンモニアの生産に成功した日本窒素肥料を中心に37年には26社もの企業をもち、日本・朝鮮に電気化学工業の企業集団をつくった。  
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