大衆娯楽の父・読売新聞・日本テレビ  
  正力松太郎[しょうりきまつたろう]  
  (1885〜1969)  
  1885年4月11日富山県の土建請負業の旧家に生まれる。帝大卒業後、1912年高文試験に合格。警視庁入りした。米騒動鎮圧など数々の功績を残したが、虎ノ門事件の警護責任を負い官界をさる。その後、読売新聞社の社長に就任。新聞の徹底的な大衆化を図った。飛躍的に読者層を拡大しながら、日本にプロ野球を紹介するなど、後にテレビの普及に貢献することになる娯楽の企業化を促進した。  
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